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大阪地方裁判所 昭和42年(手ワ)1484号 判決 1968年2月29日

原告 岩崎美保

右訴訟代理人弁護士 立入庄司

右訴訟復代理人弁護士 辻井幸一

被告 株式会社 テルミー

右代表者代表取締役 大木政吉

右訴訟代理人弁護士 藤上清

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は、原告に対し、金二三〇万円、及び、内金一五〇万円に対する昭和三九年六月五日から、内金五〇万円に対する同月二八日から、内金三〇万円に対する同年七月五日から、各完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、訴外岩崎彰は、別紙目録記載の為替手形三通を所持していたが、同目録記載の各取立受任銀行をして、(1)の手形については昭和三九年六月四日に、(2)の手形については同月二七日に、(3)の手形については同年七月四日に、それぞれ支払のため支払場所に呈示させたところ、いずれも支払を拒絶されたので、同四〇年一〇月五日、右三通の手形を原告に裏書した。

二、訴外岩崎彰は、被告から本件各手形の裏書を受けた際、各手形金額と同額の金員を被告に交付しているところ、前記不渡りにより取得した被告に対する遡及権は、各手形満期日から一年を経過したことにより時効により消滅したため、被告は本件手形金額及び各手形金に対する各呈示日の翌日から完済まで、手形法所定年六分の割合による金員を利得したから、ここに被告に対し、本件各手形を裏書を受けて所持している原告は、右利得金の支払を求める。

三、利得償還請求権は、引受人、裏書人等すべての手形債務者に対する手形上又は実体法上の請求権を失った場合でなければ発生しないのであるところ、本件手形引受人に対する消滅時効の完成日は、(1)の手形については同四二年六月一日、(2)の手形については同月二六日、(3)の手形については同年七月一日であって、いずれも原告が本件各手形の所持人となった後であるから、原告は本件手形上の権利が消滅した当時の所持人として利得償還請求権を行使し得る。

四、仮に、そうでないとすれば、原告は、同四〇年一〇月五日、訴外岩崎から、同訴外人が被告に対して有していた、本件各手形についての利得償還請求権の譲渡を受け、右訴外人から、同四二年九月八日付翌日到達の書面をもって、被告に対し、右事実を通知しているから、原告はここに被告に対し、右譲受債権の支払を求める。」

と述べ(た)。証拠≪省略≫

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次の通り述べた。

「一、本案前の答弁

原告は、当初、本件各手形の所持人として、遡及権に基づき振出人兼裏書人たる被告に対し手形金の請求をしておきながら、後にこれを利得償還請求に変更したものであって、かかる訴の変更は、請求の基礎に変更があるものというべく、民訴法第二三三条により許されない。

二、本案の答弁

(一) 原告主張の事実中、一の事実、及び被告に対する各手形金債権が時効により消滅したことは、いずれもこれを認めるが、

(1)、本件各手形引受人たる訴外会社(別紙目録記載の三社)がこれにより利得していることは格別、振出人、受取人兼裏書人たる被告において、なんらの利得をしていないし、

(2) また、利得償還請求権の権利者は、手形上の権利が、保全手続の欠缺若しくは時効により消滅した当時の手形所持人に限るものであるところ、被告に対する本件各手形遡及権が時効により消滅した当時における所持人が、原告でなく訴外岩崎彰であったことは、原告の主張自体からみて明らかである

から、いずれにしても原告の請求は失当である。

(二) 原告の予備的請求原因事実中、原告主張の債権譲渡通知が被告に到達したことは認めるが、右譲渡の事実は知らない。仮に譲渡がなされたとしても、それは訴訟行為をなすことのみを目的としてなされたものであるから、信託法第一一条の規定に反し無効である。

従って、原告の予備的請求もまた失当である。」

証拠関係≪省略≫

理由

一、本案前の抗弁について。

被告は、原告が当初本件手形金の遡及義務の履行を請求しておきながら、後になって右手形金債権が時効によって消滅し、これにより利得償還請求権を有すると主張して、これが履行を求めるに至ったが、かかる請求の変更は、民訴法第二三三条にいわゆる請求の基礎に変更あるものとして許されないと抗争し、右訴訟の経過は当裁判所にけん著であるけれども、かかる変更は同法条に違背するものということができないことは多言を要しないところであるから、被告の右主張はこれを採用することができない。

二、本案について。

(一)  先づ第一次請求について考えてみるに、原告主張の一の事実、及び、被告に対する本件各手形遡及権が、時効によって消滅したことは、いずれも当事者間に争いがない(もっとも、正確にみれば、本件(1)及び(3)の手形が、いずれも手形法所定の呈示期間経過後に呈示されていることは、原告の主張自体から明白であり、従って、右二通の手形については、消滅時効を云々するまでもなく、呈示期間経過と同時に、裏書人たる被告に対する遡及権が消滅しているといわねばならないのであるが、このことは直接後示判断に影響を及ぼすものではない。)。

ところで、利得償還請求権を行使し得るためには、被行使者において、手形上の債務が消滅したことにより利得したことを要するのであって、しかも、右利得の事実を行使者(通常は手形所持人)において立証しなければならないと解すべく、殊に、手形の裏書人については、当該裏書にあたり被裏書人から対価を得たことを立証するのみでは足らず、その者が裏書人たる形式をとっているけれども、実質的には振出人(約束手形の場合)若しくは引受人(為替手形の場合)とみることができること――例えば、振出人若しくは引受人から融通手形として振出若しくは引受を受けたというような、原因関係が存しないこと――を立証しなければならないと解すべきである。そして、右のような立証がない場合には、裏書人はその前者に対し、対価と引換に手形を取得したものと推認するのが相当である。

これを本件についてみるに、証人山本近平の証言によると、訴外岩崎彰が被告から本件各手形の裏書を受けるにあたり、被告に対し、本件各手形金額相当の合計金二三〇万円を交付したことが認められるけれども、被告と本件各手形引受人との間に、手形の原因関係が存しなかった事実については、右証言、ならびに、これにより真正に成立したと認められる甲第六号証によってこれを確認することができないし、他に右事実を認めるに足る証拠がないから、被告は各引受人に対し、対価を交付して本件各手形の引受を受けたと推認するほかないことは、前説示により明らかである。

してみると、本件手形金の遡及権消滅により被告が利得したことを理由とする原告の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく失当といわねばならない。

(二)  次に、原告の予備的請求について考えてみるに、訴外岩崎彰から原告に対し、原告主張のように利得償還請求権の譲渡がなされたことは、弁論の全趣旨によって認められるけれども、右請求権が存しないことは前示の通りであるから、その余の点について判断するまでもなく右予備的請求も又失当といわねばならない。

三、以上の理由により、原告の本訴請求を棄却し、民訴法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 下出義明)

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